2008年09月07日

教委機能の軽視は同じ(中頓別町教育長非常勤化問題)

中頓別町で教育委員会の教育長を非常勤化できる条例が、文科省や道教委などの意向を押し切って成立したのだという。

上しか見ないヒラメみたいな教育委員会が多い中で、地方の意思を通したという意味では評価に値しよう。
文科省や道教委が市町村の教育長の常勤にこだわるのは、自分たちの下部組織とみなして(法的には違うはずだが)自分たちの意向を制御するのに都合が良いシステムであるからにほかならない。

だが、教育委員会が本来あるべき姿を考えて中頓別町がこういう道を選んだのかと言えば、疑わしい面も多々ある。

中頓別町が教育長を非常勤化できるようにしたのは、端的には教育長の人件費を浮かすための策だと報じられている。
だが、単に人件費だけではなく、教育委員会を町の一部局と同等にみなしているという感覚ではないのだろうか。
だから人件費をかけるのもムダだし常勤にするのもムダ、実質の仕事は部長なり課長なりにさせればそれで充分という感覚の発露ではないのか。

だとすれば、それは本来の教育委員会の機能を考えた結末とは言えないだろう。

教育委員会が他の町長部局とは別に、何をしてるのかよくわからん教育委員やら、教育長やらの特別職を抱えている理由としては、政治的意向によらず中立に教育を運営していくためというのが、本来あるべき姿のはずだ。
だが現実には大多数の教育委員会が、国や都道府県の下部機関に成り下がり、何か独自にやったらやったで教育に無知で学校を地域の道具と勘違いしている教育委員のいいように余計なことをして有害無益な組織になっているのが現状だ。
こんな現状では教育委員会不要論が出てもしょうがないが、教育委員会は本来そういう目的で作られているわけではない。そこが勘違いされている。

市町村の教育委員会がすべきことは、全国均質の教育水準を維持するという前提のもとに、国や都道府県のやろうとしていることが自分たちの地域の子どもの実情にあっているか、教育的視点で判断することだろう。
その意味では全国学力調査を無意味だと蹴った愛知県犬山市教委は教育委員会の仕事をしていると言える全国で希有な事例だ。
あくまでその基準は子どもの将来であって、地域の都合でなければ大人の都合でもない。すべての子どもが地元で職を得られない現状の地域が地方ほど多い中で、地域の都合だけを不当に偏重しても子どもには何のためにもならない。

その意味では、中頓別町の判断が教育委員会の機能を本当に考えた結果かは疑わしい。教育委員会の機能を軽視した結果であれば、文科省や道教委の発想と同じ穴のムジナだ。

教育委員会は本来あるべき姿を取り戻すべきだ。
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posted by darkfuture at 21:53| 北海道 曇り| デタラメ教育改革 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする