2010年01月01日

正月に思う/日本の良き伝統文化とは何ぞや

お正月です。
うちでは一応おせち料理らしい料理を若干用意したりする。それが日本の伝統文化だと思うしそれ以上の深い考えもない。別にそれで誰に迷惑をかけるわけでもないしそれが正月のスタイルだと勝手に思っている。

だが教育で日本の伝統文化がどうこうという話になると違うと思う。

正月の風習ひとつとっても地域によって様々な風習がある。
これらを単純に日本の伝統文化とひとくくりにすることはできないと思う。
正月に凧上げて羽子板ついてなど北海道など雪国でやれるもんならやってみろという感じだ。どこぞの本州と一緒くたにするなという感じだ。

教育基本法改悪に関与した連中のように「日本の良き伝統文化」とやらを教育で押しつけようとする連中をみると、日本は単一民族などと偏狭なことをいう連中と重なる。
彼らは地域による風習の違いなど無知に等しく自分たちの知っている風習だけを良き伝統文化だなどと思ってはいないか。個人で思うのは勝手だがそれを教育の名において押しつけようというのは偏狭思想の強要に過ぎない。

日本の伝統文化が偏狭思想の押しつけでは困る。
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2009年12月30日

保守が一般市民を幸せにするなど決してあり得ない

何日か前の新聞で自民党が再生するためにどうしたらいいかという討論が掲載されていた。その中で自民党が真の保守政党を目指すなどと一部の連中が言っているようなことをやっているようではダメだという話が掲載されていた。

保守政党が一般市民を幸せにすることなど決してあり得ない。
それは歴史の真実であり、一部の利権階級を幸せにしたことはあっても、それ以外の一般市民を幸せにしたことなどない。あったとしてもあくまでも利権階級を肥やしたオマケであり反射的利益に過ぎない。
歴史は市民を犠牲にした利権擁護を企む保守と、市民目線の政治を願う革新との対決の積み上げだ。

自民党政権がやってきたことは学校現場としてはとんでもないことの数々だが、民主党の中にも自民党よりタチの悪い極右もいたりどんなものかわからない中で、政治手腕自体としては決して捨てたものではない。少なくとも結党以来まだ侵略戦争はやってない。それはある意味大きな成果だ。いつの日が民主党政権がとんでもないことを始めた時に政権奪還する勢力としては決して無用ではない。

だが今の自民党でも真の保守政党がなんとかとか言っている連中がしてきたことは教育の悪用だ。
教育基本法改悪やら日の丸君が代の強要やらが目指すところは、一般市民は保守と言われる連中が擁護する利権勢力を肥やすための従順な奴隷として犠牲になれという社会だ。戦争はその究極の姿だ。そんなものは決して繰り返されてはならない。

自民党は保守を極める悪政政党を目指すより、市民の幸せに目を向けた再生を。
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2009年12月29日

抽出方式でますますムダな全国学力調査

かの全国学力調査は事業仕分けで縮小と判定されたことを受け抽出方式に変更になるようだが都道府県別の比較に固執する文科省は都道府県の学校数の多寡に応じて抽出校数・抽出率を変えて実施するのだと新聞に書かれていた。抽出率の最も大きい佐賀県の中学校は8割方参加だが愛知の小学校は1割ちょっと、抽出校以外も参加できるが集計には含めないだとか。

抽出方式になってますますムダな調査となる気がする。

対象とならなかった学校では子どもは普段の正常な授業を受けられる一方で、対象となった不幸な学校では文科省のデータ取りのためにムダに時数を使われる。教育を受ける権利の不当な侵害だ。
まぁ教師サイドにとっては試験監督してればいいから授業するよりラクだという考えもあろうが、そんなサラリーマン的発想ならこの世界から身をひいた方がいい。授業ができてなんぼだ。

文科省が固執する都道府県ごとの比較になど何の意味もない。ムダだ。
都道府県どころか同じ市町村や同じ規模の学校でも結果は大きく異なる。
それは学年毎の出来の違いであったり、地域や保護者の質による違いだったりする。現場の教員の努力だけで何とでもなる甘っちょろい問題ではない。
北海道でも道教委が学力向上策だなどと称して現場を何も知らないくせに評論家でも書けそうなムダなことばかり書いているのはよっぽど行政がヒマだからか知らないが、そんなもんで学力があがるほど甘っちょろいものではない。莫大なカネのかかる独自の教員増をやるとかならまだしも、都道府県の努力など学力向上にはさほど関係はなく、そんなものを比較しても意味がない。せいぜい文科省による都道府県教委の奴隷化に寄与する程度のものだ。現場には害はあっても何も益はない。

政権交代にもかかわらずまだ自民党政権の亡霊をひいている道教委などは学力テストの全員参加など税金の無駄遣いと時代錯誤もはなはだしいことを言っているようだが、抽出校以外も参加できることを悪用して全員参加などということを考えるかもしれない。
文科省は抽出校以外の参加からは経費を取るべきだ。しかも実費の10倍とか100倍とか高額な金額を取れば不況による税収減を補ういい手段となる。税金の無駄遣いという自覚のない愚かな都道府県からはがっつり取り立てるべきだ。

やはり学力調査は有害無益。縮小より全廃すべき。
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2009年12月27日

インフル休業で安易に冬休み短縮する学校は恥を知れ

例の新型インフルによる臨時休業の影響を受けて冬休みを短縮して授業日に充てようとしている学校があるのだと報じられていた。

学校を託児所か何かと勘違いしている親にはたいそうウケがいいんだろうが、長期休業の趣旨は明らかにはき違えた愚行だ。

文科省は新聞取材にはこの非常事態だから時数が満たせなくても仕方がないなどともっともらしく答えているらしいが、そのウラでは現場には時数は絶対だとしている二枚舌だ。

時数に絶対的にこだわることにはそれほど大きな意味は感じない。
冬休みをつぶされて不平タラタラの子どもたち相手に時数だけ稼いだところでしょうがない。頭の中は早く家に帰ってテレビゲームがしたいだとか、冬休みがつぶされなければディズニーランドにでも行けたのにとかいう恨み節でいっぱいだろう。

札幌市の学校は冬休み短縮ではなく平日の授業日を増やすことで対応すべきと説いているようで冬休み短縮はゼロだそうだ。
こちらの方がよほどマシな対応だ。安易に冬休み短縮にはしる市町村や学校は恥を知るべきだ。以前から民主党政権の札幌市と政権交代してもいまだに自民党が支配する道との違いか。こんな違いのひとつひとつが学力格差にもつながるんだ。

それより保健所に振り回されて学校現場はこの始末だが、対応を二転三転した保健所の責任はどこに行ったのか。
海外からの帰国者を軟禁したり初期にはひとりふたりの罹患で学校閉鎖にしても結局は子どもがみんな感染するまで流行は止まらず(素人が予想した通りだが)学校閉鎖を繰り返してこの始末だ。挙げ句の果てには保健所は知らないときた。これこそ行政の無責任だ。

インフル休業で安易に冬休み短縮する学校は恥を知れ。
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2009年12月25日

教員による不正の背景には必ず根本に組織の問題がある

釧路江南高の教員が担当教科の中間考査の生徒の解答を改ざんして平均点の底上げしていたのだと報じられていた。道教委はまたまた処分を検討するんだという。

なぜこういう不正が起きるかの検証が必要だ。

この教員は「点数が低いと補習があり部活動をしている子がかわいそう」「平均点を上げたかった」などとして水増し行為を認めているという。

だが問題はこうした動機ではなく、こうした動機に至る理由だ。

普通に考えれば点数が低いからとこんなすぐバレるような低次元な手口を使ってまで平均点をあげる動機などない。補習も基準を決めるのは自分だ。本当に子どものためを思うならむしろありのままの結果を返すことで補習が必要ならやればいい話だ。点数の水増しが必要な理由などどこにもない。
新聞記事を読んでまずそこがおかしいことに気づかなければならない。

たとえば補習対象者を減らせとか平均点をあげろとかの歪んだ外圧がどこかにないか、たとえば校長からそうした圧力があったとか、あるいはこうした補習対象者数や平均点が査定に響くなどという雰囲気が学校にあったか、そうしたことが本当の動機だったりしないだろうか。
もしそうであれば、そうした歪んだ成果をもとめる校長やら、そうした歪みを生む査定制度の方が問題にされなければならない。そうでない限りこうした問題は何度でも繰り返される。

まぁどんなひどい成績でも入れる道立高校の現状がムチャクチャでこんなもので成果なんかもとめられたら高校の教員もたまったもんじゃないが、そうした組織の歪みがなかったかこそを徹底的に調べるべきだろう。
組織の歪みを直視せずに起きた現象だけをつまみあげて教員を処分してみたところで道教委の権力は示せても何の解決にもならない。同じことはいくらでも起きるだろう。

不正行為を生む組織の問題を解決することが真の問題解決。
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2009年12月11日

公務員のボーナスはもらい過ぎなのか?

国家公務員はじめ公務員の多くにボーナスが支給されたが、今朝どこぞのニュース番組で公務員はもらい過ぎのようなコメントばかりを集めたものが放送されていた。

本当にもらい過ぎなのか?
不況時に決まって起きる公務員バッシングはいい加減やめてほしいものだが。

まずデータから。
国家公務員の平均は64万いくらからしいが、今日の日本経済新聞によると民間企業の平均は不況で大きく減って70万いくららしい。
民間企業寄りの日経が言うことだから多くサバを読むことは考えにくいが、データで見ても明らかに公務員の方が低いだろう。

まぁこの不況の時に雇用不安も民間企業の皆様に比べると少ないのは大変有り難い仕事だが、それがいいならみんな試験に受かって公務員になればいい。
だが逆に民間がバブルに浮いても公務員にはおいしい話などあるべくもなく、好景気時には公務員になる人間なんかバカ呼ばわりされたこともあるぐらいだ。そうした面もわかってほしいものだが。

ただ景気が持ち直さない限り公務員の給料も下がり続けるわけで景気回復は願うところだし、民間であれ誰であれ仕事や満足な給料がなくて困っている人がいるのは決して望ましいことではない。学校にいる子ども達の未来も心配だ。
子ども手当やら高校無償化やら高速道路無料化など無理してやらなくて公約破っていいから本当に困っている人達のセーフティーネットを確保することをやってほしいものだ。

公務員は決して特権階級じゃありません。
生活を守らなければならない普通の労働者です。
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2009年12月10日

民間感覚をも汚すブログ市長の愚行の数々

ブログ市長などと俗称される鹿児島かどっかの片田舎の市長が、職員のプライバシーを無視した掲示物をはがした係長を懲戒免職にし、裁判で訴えられて負けたにもかかわらず(クビにする前に負けて当たり前なことがわからないのか)、職場に復職もさせず法に基づいて払うべき給料やボーナスまで払っていないのだと報じられていた。

他にも様々なところでこの市長は物議を醸しているようだが、まぁ唖然とするような愚行の数々だ。

この市長の行動の根底にあるのは「民間感覚」らしいが、これでは逆に民間感覚というものがこんなに程度が低いものなのか疑わしめても仕方がないだろう。

掲示物をはがした程度でクビなどというのは誰がどう見ても明らかな懲戒権の濫用であり、裁判所の判断は当たり前だ。
こんなものが民間感覚だというのなら、社長の気分ひとつでいつでもクビを吹っ飛ばせるということだ。この国はそこまで無権利社会じゃなく、まともな会社はそんなことは絶対にしない。
それで案の定裁判で負けてもなお司法判断などクソ食らえと就業拒否やら給料も払わないなど、民間ではあり得ないことだ。今のまともな民間企業の流れではコンプライアンスは当然のことだ。

こんな市長がいまだ市長の座に存在できる片田舎の民間企業ではこんな社長の横暴がいまだ当たり前のようにまかり通るような非近代的な地域なのだろうかという目が全国から向けられても仕方がないのではないのか。市長ひとりだけではなく地域全体の問題だ。
もし仮にそんなまともな社会感覚のない地域なのだとすれば平均年収200万だかでもしょうがない話で、それをやっかんでまともな仕事をしなきゃいけない市役所職員の年収とを比べること自体に無理がある話だろう。

こんなものを民間感覚だと称するのなら、九州の片田舎ではそんな横暴がまかり通ったとしても社会全体に対してこれほど失礼な話はない。

社長の横暴を民間感覚とは、民間感覚を汚す非礼な行為。
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2009年12月09日

有休完全消化って本当なのかな??

北海道土産として大変有名な菓子のメーカーは有休100%消化企業としても大変有名な企業なのだが、有休100%消化が旅行需要喚起にも貢献してるんだという講演があったのだと新聞に書かれていた。

有給休暇を100%完全に消化できる環境というのが本当であれば大変素晴らしいことだ。
それで従業員が通年交代でまとまった休みをとって閑散期に旅行に行けるということであれば、安く快適な旅行を従業員ができるということだし、旅行業界にしても安定的に仕事ができる材料となる。
学校現場のように管理強化を企む割にはそうした人員体制の管理が出来ていない出来損ない組織であるが故にそうした休み方が考えにくく、夏休みや冬休みなど世間の繁忙期をさらに忙しくさせている社会の害虫のような組織も少しはツメの垢でも煎じて飲んだ方がいいんじゃないかと思うが。

だが20年連続全従業員が有休100%消化というのは果たして本当なのだろうか?

いくら有休がいつでも自由に使える環境があったとしても、自分や家族の病気などイレギュラーなことに備えるということは全くないのだろうか?
そういう備えが全く必要がないほど休暇制度が充実しているということならば素晴らしいことだろう。
だが民間企業の中には本人が知らない間に勝手に有休を使ってしまうような悪どいことを平気でする企業もあるという。そこまで極端でなかったとしても、20年連続だかの記録を作るために何らかの無理をしていたりすることはないだろうか。そうであれば本末転倒だ。
その数字のあまりの見事さがそうした疑心をついつい生んでしまうのは近年の学校現場を囲む歪んだ行政などに毒されているのだろうか。
従業員の福利厚生の結果として出た記録ならいいだろうが、記録を作るための無理であってはなるまい。

どこの職場でも有休を本当に労働者のために自由に使える環境が必要。
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2009年11月29日

公務員宿舎などムダだが・・・それに伴い社会も認識を改めるべき

事業仕分けにおいて公務員宿舎も見直しの対象として挙げられていたのだとテレビ番組で報じられていた。(ながら見だったので詳細な押さえは若干違うかも知れないが)

公務員宿舎がムダだという発想自体には賛同できる。

番組ではまた例によって東京の都心部の住宅が世間相場と比べて安すぎるという話のようだった。
もっとも本質的に東京の都心部のあのムダに高い世間相場とやらがどんなものなのか、そこに住めるのは普通の勤労者階層ではなさそうとか、そういう問題はあると思うが。

中央官庁様の国家公務員と、市町村の教員住宅に住む教員とでは世界が若干違うかもしれないが、教員住宅など官舎と称するものは所詮は公共事業であり、住むことよりも建てることが目的の粗悪な建築物だ。
こんなものに住まなくていいならそれに越したことなどなく、仮に少々家賃が安かったとしてもこんなものを特権呼ばわりされるのも心外極まりない。
ちゃんと給料を払ってさえくれれば別に官舎になど住まなくても家を買うなり借りるなり自分で物件を探せばいいだけの話だ。そのかわり転勤などもそれ相応に配慮すべきだが。

首都圏の官舎など世間相場という名の法外な値段で買ってくれるという民間に残らず売り飛ばせばいい。そのカネで少しでも国債を返した方がずっと国のためだ。
それで中央官庁様の国家公務員も、首都圏で言う世間相場並みに片道2時間でも3時間でもかけて通勤すればいい。それがイヤなら地方に転勤すればいい。地方ならそんなバカげた話はない。
まぁそれで有事になったらその職員が2時間でも3時間でもかけて中央官庁に集まることにすればいいだけの話だ(公共交通機関がズタズタになったら3時間どころじゃ済まないだろうが)。そうしたリスクを世間相場並みに負えばいい話だ。
それに支障のある一般企業はそれなりの施策をしている。その一環として住宅を世間相場より安く住ませるというのもある話だ。何も対策をしないで有事の時だけすぐ出てこいなどとそんな虫のいい従業員の使い方などまともな民間企業はしていない。

教員住宅にしても財政難の市町村がない袖を振って地元のロクでもない業者にカネを出して維持管理するのをやめて全廃すればいい。その方が財政的にはよほどいい。
そのかわり教員は全部都市部からの通勤にして地元住まいをやめればいい。人口目当ての本末転倒な人事もなくなる。都市部が近くにない地域は行き手がなくなり問題教師の吹きだまりだ。
地域も教員が地元に住まないなどという意味不明な文句はやめるべきだ。そんな文句を言う前に地域の魅力を高めて定住する教員でも増やせばいいし、それが無理なら地域でいい住宅を建てて教員誘致合戦でもした方がいい。それが本当の地域力じゃないのか。
それで転勤する教員が減れば赴任旅費などムダな費用もかからないし万々歳だ。教員も不必要に広範囲を転勤したいなどとは思ってはいないのが本音だ。

教員住宅含む公務員宿舎は全廃するのが無駄遣い削減・利権打破・地域の再生、いずれにも良い。
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posted by darkfuture at 23:02| 北海道 曇り| 住宅の欠陥 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

義務教育費国庫負担制度は正しく事業仕分けできるか

民主党政権による事業仕分けが後半戦に入ったのだという。

ウラで財務官僚が操っているにすぎないのではとか判定が拙速すぎるとか課題はあるものの、誰が考えてもムダであろう事業に次々切り込んでいるのはいいことだと思う。
教育現場で言えば、教員免許更新制度や全国学力調査、心のノートに至るまで、現場の素直な感覚ではムダ以外の何ものでもないムダに切り込んでいるのは賛意を送りたい。

だが、後半戦では教育現場に気になるものも対象にされている。
それは義務教育費国庫負担制度だ。

義務教育費国庫負担制度は全国の教育水準を均一に保つのに必要不可欠な制度だ。

この制度は大蔵官僚が昔から目をつけている制度だ。
自民党政権下では特に顕著だった教育やら福祉など弱者政策の軽視、教育に価値があるとすれば自民党政権に虫のいいことを洗脳する程度の押さえの中で、大蔵官僚が目をつけ制度の縮小がなされてきた。

この結果、教育現場で何が起きてきたかといえば、財政難のマチや教育に無理解なマチ(往々にして自民党が強固な地盤を築いているが)における教育費の削減だ。
そうしたマチと、教育に理解のあるマチとでは教育費に格差が生まれており、学校で使う紙に至るまで保護者に負担させているという考えられないマチまで存在する(そうしたマチでは逆に何を公費で負担しているのかナゾだが)。当然そうした負担は学級費などの未納にも直結する。

教育に投資するというならこの義務教育費国庫負担制度はむしろ充実する方向に行かなければならない。
もしこれ以上縮小することになれば、教員の人材の質の格差にまでつながっていくことになる。
すでに北海道など給料を不当にピンハネまでする給料水準の低い地域を捨てて、東京など給料水準のいい地域にくら替えする教員も登場している(その質の善し悪しはまた別問題だが)。

事業仕分けは別に子ども手当の財源を出すためにやるものではなく、税金の無駄遣いをなくすという観点でやるべきことだ。数字合わせのような仕事は自民党政権だけでたくさんだ。

数字合わせのために教育に本当に必要なものを失うことになっては、そのダメージは長期間に及ぶし、それこそ事業仕分け自体が財務官僚の手先となって彼らの思うつぼだという批判がされても仕方があるまい。

事業仕分けではとかく結果に関する数字ばかりが先行しているきらいもあるが、義務教育費国庫負担制度の縮小によって教育費に格差ができたこと、都道府県によって教員の給料水準に格差があり人材流出が起きていること、これらは数字で明確に説明ができる。
文部官僚がこれらの数字をきちんと説明し、義務教育費国庫負担制度を縮小や廃止することなどがあれば教育の機会均等にどれだけ影響があるか、吊し上げのような事業仕分けの場で毅然と説明できるだろうか。
普段ロクでもないことばかり考える文部官僚も、こんな時ぐらいはいい仕事をしてみてほしい。

義務教育費国庫負担制度はむしろ充実を。
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posted by darkfuture at 22:54| 北海道 晴れ| 社会事象から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする